漢検 DS は学習には使いづらい2016年02月12日 14時21分12秒

「漢検 DS 」を日本にいる間に、買ってきた。古い世代のニンテンドー DS の物なので、近くの中古屋を探してもない。

通販で買うと、あちらこちらで一円で出ていた。送料が、三百六十円ぐらいかかって、ほぼ送料。アメリカへ出発する前までに、買うことが出来た。

少し子供達にもやらせてみたが、難しい。文字の認識が悪く、かなりの確率で誤認する。漢字の勉強にならない程、認識率が悪かった。

また、一年生、二年生のあたりだと、習って知っている数が余りない。ゲーム形式のもあると、宣伝されていたが、一、二年生のレベルではないのだ。漢字の書きとりの練習のようなものがなく、テスト形式。その為、毎日の練習にといった使い方は難しいようだった。

Nintendo 3DS は地域制限があって困る2016年02月11日 21時56分32秒

子供に ニンテンドー 3DS を買ってあげた。ゲームのことは全く分からなかったので、色々と調査から。ニンテンドー 3DS は、失望から始まった。

地域のコードが組み込まれていて、日本と北米とでは互換がない。日本で買ってもアメリカのゲームが出来ず、アメリカで買ったら日本のゲームが出来ない。漢字を中心とした、日本語を勉強できるゲームと共に買おうと思っていたのだが、悪雲がただよった。日本で買って、日本のゲームを使っても、周りの友達と共に遊ぶことが出来なくなる。

ニンテンドー DS には、このような制限がない。しかし、既に DS は何年も前に生産が終っている様だった。更に調べると、DS のゲームは 3 DS で利用可能な様だった。

そこで、本体はアメリカで購入し、日本語のゲームは DS の物を使うことで、何とかなりそうだった。そして、日本いる間に適当なものを買ってきておいた。

千葉県立中央博物館大多喜城分館へ2015年12月30日 11時52分02秒

千葉県立中央博物館大多喜城分館鴨川旅行の最初の訪問先。行ったのが二十四日の木曜日の平日だったため、他の観光客は疎ら。

九時に実家の日向を出発し、大多喜城に着いたのは十一時前。距離的には大したことはないのだが、高速道路がなく、町中や山道を通り抜けるので、時間が掛かる。天気は晴れていて暖かかった。

恐らく大体は、高校の脇を抜けて行くと思う。高校を抜けた後に右に大きく回りながら曲がった後に、左側に駐車場と御土産屋がある。ここが駐車場。大多喜城の麓までは車で行けない。カーナビに沿って行っていたら、ここを通過して行き止まりになって戻ってきた。車の中にいて退屈していたので、子供達は勢い良く急な上り坂を走って上って行く。

入場料は大人二百円で小学生、未就学児は無料。入ってすぐのところに、日本刀を作る様子がビデオで上映されていた。九歳の息子は、刀とかに憧れているので一生懸命に見入っていた。

中は四階立ての博物館。一階から三階目までは展示物がある。刀や、古い貨幣、手鏡などが置いてある。子供達はあまり興味が無さそうだったが、それでもなるべく話しながら一緒に観て歩いた。

四階は展望場となっていて、真中には昔の町並みの模型が置いてある。子供達は、ここで外を眺めるのが楽しかったようだ。元気が余っているようなので、城の回りを少し走り回った。それでも、元気なので、途中で脇道にそれている鐘突き堂へ。すぐ近くにあったが急な上り階段。子供達は鐘の中を覗いたり、叩いてみたりしていた。

帰りに御土産屋で竹のしゃもじを買って後にした。

アメリカ帰宅後は、翌日には出社2015年12月29日 21時36分04秒

昨日の夕方にアメリカの自宅に帰宅し、既に丸一日。既に出社し、帰って来からの更新。

アメリカには日本の様に、正月休みや忘年会などはない。元日の一月一日だけ祝日で休みで、他の日は通常営業。店舗などは一日も遅めの開店時間だがほぼやっている。

ごく普通の事務所での仕事の人達は、結構年末まで有給休暇を取っておいて、クリスマスの時期に二、三週間まとめて休む人も結構いる。そのため、この時期は、どこの事務所も半分ぐらいしか人はいない。

日本からアメリカへ来ると、大体時差惚けのために朝早い時間に起きてしまう。どうせ起きてしまうのだから、帰宅後も翌日から出社している。子供達は、少し遅めに起きて来て、昼過ぎから寝こけてしまうことが多く、今日は帰って来たら起きたばかりだったようだ。流石に、子供達には翌日からの学校とかは無理だが、学校や会社等の起きていないといけない環境にあった方が時差惚けは直りやすい。

日本から北京経由でアメリカへ2015年12月29日 12時35分45秒

アメリカに戻ってきた。もちろん復路も北京経由。

羽田初の飛行機は朝八時発。六時すぎに空港に到着し、出発手続きを終える。まだ早朝ではあった為比較的空いていて、まあまあすんなりと終った。出国手続きの窓口などが混んできているとの放送があったのと、ターミナルまで歩いて十分は掛かるとのことで、子供達は七時にはターミナルに見送りにきた祖父と叔父、従兄弟に挨拶をして別れた。

羽田から北京行きの機内では朝食が出た。北京到着後は乗り換え時間が一時間半しかなかった。この時間で、入国手続きをして、セキュリティチェックを終らせなければいけない。羽田からの飛行機はターミナルに着かずに、バスでの移動。急ぐことも出来ない。バスを降りた後は、往路で一度通った道なので、ある程度の手順は把握していた。しかし、即時国際線乗り換え用の窓口も他も長蛇の列。 既に、搭乗時刻が十二時半の張り紙がしてある。そちらに行くと、入国審査は一気に列の先頭へ。しかし、セキュリティチェックの列はそれなりに進むものの、混んでいて一時間は掛かった。それこそ、ターミナルについて十分で、搭乗開始。

帰りの飛行機の方が同じニューヨーク北京間でも質の良い飛行機だった。航路を見ると北京へは北極圏を通って来たが、ニューヨークへは、韓国と日本の北側を通過し、アラスカの方から飛んで行った。映画なども来た時よりも豊富で馴染みの多いアメリカ製のものも多かった。私は旅の疲れが出て、かなり寝ることが出来た。子供達はやはり寝つけないようで、映画などを熱心に見ていた。

ニューヨーク到着後も大変だった。JFK 空港は大混雑。飛行機を降りてから入国手続きをするのに大勢の人が待っていた。旅行者用と違った列でかなり短い列で通過できたが、それでも二時間ぐらい掛かった。その後、既に預け入れの荷物のテーブルは止まっている。盗難も気になった。その後、荷物の検疫を通過し、空港を後にしたのは、着陸後二時間半以上経ってからだった。

JFK を出たの午後四時頃。JFK を出てすぐの高速道路は早朝や深夜でない限り、常に渋滞。そこを三十分程で抜けて、自宅に着いたのはやく一時間半後。ぎりぎり日の入り前に着くことは出来た。

吉祥寺へ2015年12月26日 22時26分45秒

弟家族に呼ばれて、祝日を利用して東京へ日帰り。吉祥寺に在住。

昔は津田沼に住んでいたことがある。ここで総武線に乗ると、中野行きか三鷹行き。吉祥寺はこの中間になる。少年ジャンプで、吉祥寺と井の頭公園の辺りを書いた漫画があった。当時より、近い方の終点よりも先なのだからと、随分と遠い印象を持っていた。前日に帰ってきたばかりなので、子供達が何時頃に起きてくるのか予想がつかないが、昼頃までに行ければと思っていた。

当日は残念ながら天気はくもり気味。子供達は思っていたよりも起きてくるのが遅く、若干遅れ気味に出発。渋滞にもあって、十二時半に到着。高速道路を利用して、車でおよそ二時間掛かった。

子供達がラーメンを食べたがるので、昼食は博多ラーメンの店へ。一店目は混んでいたので、他へ移動すると二つに分かれたがすぐに座る事が出来た。2.5 世帯なので、大所帯。子供達は各々一人づつ頼んで、一生懸命に食べた。

その後、そのまま井の頭公園へ。ぽつぽつ雨が降ってきたりしたが、ぎりぎり持ちそうなので。遊具で遊んだり、公園内を走ったり。走り回って、遊ぶのが楽しいようだ。雨がポツポツ降り出したので帰宅。

その後、家で遊んだりテレビを見たりして、夕食を頂いた。娘の誕生日なのでケーキを買ってきておいてみんなで食べた。九時前に出た。帰りは遅めに出たので、渋滞にあわずに帰れた。

北京経由の利点2015年12月22日 10時52分43秒

国際線の乗り継ぎをして、今回日本に来た。飛行機の中はあまり寝つけないし、乗り換えなどもあって随分と疲労した。

いつもより長い旅程が逆に幸いしたこともあった。何といっても時差ボケが少ない。今までは日本に着いてすぐは、子供達が早朝三時ぐらいに目を覚まし、夕方四時ぐらいから寝こけてしまうことが多かった。

今回は早くても六時起き。疲れた日の次の朝は七時から七時半まで寝ている。夕方に寝てしまうことも無いので、前回までは時差ボケが無くなる一週間ぐらいお出かけなどがしづらかったが、今回は全く大丈夫なようだ。

北京経由の中華航空だけでなく、トロント経由のカナダ航空など幾つかの海外航空会社で直行便よりも安いのがいつくか出ていた。疲れないようにと、今までは直行便を選んでいたが、もしかしたら少し長めの旅程の方が、逆に日本に着いてからの時間を有効に過ごせるかも知れない。

東京ディズニーランドへ2015年12月17日 23時51分26秒

日本へ来て東京ディズニーランドへ。アメリカでも行ったことがないのと、遠いので日本での方が便が良いとの理由から。最近は子供達の同級生もフロリダ等のディズニーランドへ出かけているので、大きくなり過ぎないうちにということで。

自分の記憶では、息子と同じ年頃の時に行ったきりだった。入った感想としては、只の遊園地に特定のキャラクターを足したもの。擦れた大人なのだろう。他の遊園地で過ごすのと大した差はないと思った。

友人に、まだ学校も終っていないので、日付指定でなくても大丈夫とは言われていた。ただ、各種日程の都合上、冬休みが始まる前に空く日は二日間だけ。もう一日の予定も既にあり、どちらに何をするかの問題だけだったので、日付指定で。

ファーストパス等のルールを知らず、若干戸惑った部分もあったが、十五分から二十分待ちで入れた所も多かった。ファーストパスがあるものは、冬休み前の今でも混んでいて、一時間待ちだった。確かに、ファーストパスの使い方次第と思った。入って見るまでは知らなかったが、まあまあ使えた。

比較的暖かい日だったので、昼間前に入ってから、八時すぎまで結構楽に過ごせた。流石に日が暮れてきてからは寒くなってきたが、夜のエレクトリカルパレードは見ることが出来た。

北京経由で日本へ2015年12月14日 23時00分01秒

今回、早めの冬休みで一家揃って日本に帰省。今冬は、是非とも日本に行きたい理由があったので、色々と探した。とは言ったものの、予算は限られている。ふと、安いチケットが出たときに見付けたのが、北京経由の中華航空だった。色々は懸念はあったが、四人家族揃って総額二十万ぐらい安くなる。また、近い成田ではなく遠い羽田発着になるが、やはり無い袖は振れないので、中国を経由してきた。

取り敢えず、第三国経由は時間が掛かる。乗り換えに時間が掛かるのと、余計に飛ぶから大変だ。

実は、ニューヨークから日本と北京では、あまり飛行時間が変わらない。北京と羽田を飛ぶと、三時間半から四時間の距離なのだが、ニューヨークからだと、北京へは北極圏を抜けて来るので、地図で見る程距離的な違いが無いのだ。

ただ、北京での国際線乗り換えは大変だった。すぐに乗り継ぐ場合は、専用の窓口があるが一度入国の手続きをわざわざ行う。そして、その後国際線のターミナルへ繋ぐ道へと続いていた。そこで、セキュリティ審査があるので家族で通ると手間が掛かる。午後、五時ぐらいに着陸して、二時間での乗り継ぎだったので結構忙しい。飛行機の到着時刻は、着陸時刻で、着陸してからターミナルに移動する時間、その他の手続きの時間は入っていない。

北京と羽田の往復便は、直接ターミナルに来ないようだ。そこで、バスに乗っての移動となる。丁度、大気汚染が最悪になった日に行ったようだ。ドアが開くと、鉄が焦げた臭いとバス停留所の様なディーゼルエンジンの排気ガスが混じった様な臭いがした。成田などでも、バスが沢山止まっているところだと、似たような臭いがするので、北京もそうなのだろうと思ったのだが、一台しか無いバスのエンジンは止まっている。飛行機乗り場に着くまで、外の空気は濁っていて、バスから飛行機に乗り換える時には、さっきと同じ空気が鼻を着いた。これが、かの有名な北京の大気汚染らしい。たしかに、酷い。どこに行っても、バスの排気口に当たられているかのよう。

ニューヨークからアジアへの飛行機は、それなりに慣れたものだったが、流石に北京から羽田へは疲れが出ていた。空港に居るときから、自分を含めてぐったり。機内食もでたが、ほとんど手を付けられず、みんな寝ていた。

羽田には車で迎えに来てもらっており、入国手続き後に問題なく会えた。子供達は若干お腹を空かしたみたいなので、軽食をとって、千葉へ。出発してから、到着まで二十四時間以上掛かって大変な旅だった。

急遽日本へ2015年07月17日 06時27分28秒

母の急逝の知らせを受け、急遽日本へ。日本の未明に息を引き取ったので、昼過ぎに連絡を受けた。一報を父から受けた時は、無理して来なくても良いとは言っていた為、上司には取り敢えず、母の急逝と日本への一時帰国は家族と相談してから決めると連絡。

子供達を驚かせないようにと、平静を装い帰宅。妻には子供達が離れた隙に、そして子供達には夕食後に伝えた。食事中に涙が止まらず席を離れた妻に、息子はタマネギでもしみたのと気を遣っていた。子供達も驚ろき、悲しんでいた。日本の父と連絡を取るとやはり来て欲しいとの事だった。色々と負担が大きいので、私だけで急遽航空券を手配した。子供達は時差ボケのせいで、夕方から夜に掛けては寝こけてしまう。上司には深夜に報告のメールを準備した。有難いことに、何か事情が変わったら事後報告になっても良いと言われていた。

母は昔受けた輸血のときに C 型肝炎に感染していた。色々な合併性に苦しみつつも、長い間それなりの小康状態に落ち着き、近場を中心にあちこちと旅行も楽しんでいた。二ヶ月程前に、少し体調が悪いので入院すると言ったときも、いつものように少し休んでから退院できると思っていた。母にも冬に一時帰宅を考えていると伝えてあり、それまでには直しておくと言っていたものだったが。